2012年02月

雪対策

今日は東京でも雪が積もりました。

最近は天気予報もかなりの確立で予想しています。

その結果か、鉄道の乱れもあまりありません。

路線によっては環境に左右されて動けないところも出てくるのですが、以前に比べたら明らかに改善されているのではないかと思います。

それでも電車は遅れます。たぶんその原因の多くが人によるものではないかと思います。

雪が降っているのに無理に乗ろうとして転んだり、ドアが閉まろうとしている所へ強引に乗ろうとしたり。

後ろにまだ乗る人がいるのに入り口で立ち止まったり。

一人のロスは数十秒かもしれないのですが、何十人も同じような事をやっていては簡単に十分以上の遅れになってしまいます。

雪の日だと普段は自動車や自転車で通勤や通学をしている電車に乗り慣れていない人も乗ってきます。

当然、何もアクシデントが無くてもいつもより余計に時間がかかります。

鉄道は雪のたびに、遅れた原因を見つけ出し少しでも改善し続けているはずです。

しかし乗客の行動までは予測できないでしょう。

実際、遅れた原因が自分だから次は注意しようなんて反省して考える人がどれくらいいるでしょうか?

これは乗客一人一人が、遅れる事に文句を言うのではなく、明日は我が身だと思って同じ過ちを犯さないように注意していくしかない気がします。

民間事故調査委員会

今日発表された全文を読んだわけではありませんが、あまり読む気がありません。

何故かというと、一番責任を追求しなければならない東電から何も聴けてないからです。

確かに菅さんがあそこまでやってはダメだというのは簡単ですが、何を言っても片側しか見えていない状況での結果です。

東電が最初に撤退しようとしたのを菅さんが押し戻した。この事実の重みも理解されていないように思います。

最初に東電が撤退していたら、それこそ東日本に人が住めなくなった可能性もあります。

菅さんが細かな指示を出したのは、元々原発は安全と洗脳されてきた官僚達を信用出来なかったからです。

それは私も同じです。班目さんというのは更迭されてもおかしくないと思っています。

今まで自民党政権が何十年も良しとしてきた事を突然緊急事態に切り替えるだけの能力があるとは思えません。

この件を自民党が突っ込んできたら、本当に大馬鹿者だという事です。

そんな暇があるなら、これからどうすれば良いのか、10年先何て寝言を言わず寝食を惜しんで今すぐ考えて欲しいものです。

勘違い

震災からもうすぐ一年。ようやく振り返る報道が多くなってきました。

今日の朝日新聞はちょっと興味深い記事が一面トップでした。

震災の時、羽田と成田が閉鎖されて86機が降りられなくなり他の空港へ着陸したそうですが、その中で14機は燃料不足で緊急事態宣言を出していたそうです。

成田と羽田の両方が使えなくなる事態が想定されてないようですが、南海・東南海で地震があれば、最悪この二つに中部と関空も同時に閉鎖される可能性がありそうです。

今からでも遅くないので、対策を考え訓練しておいて欲しいものです。

復興予算があまり使われていないとか、効果的でないとか話題になっています。

はっきり言って、何も障害が無い工事だって計画から一年以内に終わる何て本当に小規模なものしかないはずです。

今回は街を一から作り直す計画です。しかも、今までと同じにはできません。地権者は何百、何千、何万といるはずです。

たぶん復興が遅いと言う人の多くが、政府も同じですが阪神・淡路大震災と比較してるはずです。

ここで今までにも何回か書いていますが、たぶんほとんど参考にならないと思います。

だから、気が付いたところから直せるものはなおし、計画は中途半端にせずじっくりやるしかないと思います。

再構築

この何回か日本語の文章に関係する話を書いています。

実はこれは前振りで、私が一番やりたい事は日本の法律をもっと分かりやすく、曖昧さの無い物に書き変えたいという事です。

例えば、罰則や懲役がある法律はいくつもありますが、個別に書かず別にマスターとして管理した方が良いのではないかと思っています。
刑の重さは相対的に決まる場合も多く、個別に修正すると均衡がくずれます。

成人を18歳に変えると関係して直さなければならない法律が100以上あるとかいう問題も成人年齢を別に管理すれば一瞬で解決できます。

あいまいな表現や法律用語なども、素人が解釈できず、苦労します。

最初に分かりやすく言葉ですべてを説明できるように辞書を整備した方が良いと思います。

文章は箇条書きで十分です。
一覧表のような形式も有効だと思います。

法律を個別にいじっていてはだめです。

全体を一つの枠組みで作る必要があると思っています。

数の論理

多数決を認める限り、多数派工作が議論の主体になります。

私は多数決自体を否定する訳ではありませんが、どの主張を選ぶかは投票する時であるべきだと思っています。

つまり多数派工作は反対です。
他人と群れたがる人がいる事は知っていますし、非難するつもりもさらさら無いのですが、単純に私はそうではないという事です。

それで私は政党という存在を認めていません。

個人の主張より組織の主張を優先するのであれば、個人は本当に頭数でしかありません。

そんな人達に税金を払うのは無駄です。

単純に政党に獲得した票分だけ渡しておけば良いのです。

そうすれば内紛も気にしなくて良くなるし、議員歳費も削れます。

それができない間は選挙制度の改革なんてできるはずはありません。
プロフィール

四十郎

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